TINY MUSIC LIFE

音楽を仕事にする方法やビジネス論、考察や小ネタなどをお届けする音楽情報ワンパーソンメディア。by TINY RECORDS八木橋一寛

ライブハウスのノルマ問題。その仕組みや善と悪について

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イブハウスのノルマの是非。

幾度となく、論じられているテーマです。

 

この議論は、ノルマを課せられる出演者側と、ノルマを課すライブハウス側との立場に分かれて繰り広げられています。

 

結論から言うと、ある種の究極的なポジショントーク合戦である為、議論が噛み合っているケースをほとんど見たことがありませんし、永久に交わらない議題だとすら私は考えています。

 

この話をアーティスト側が発言する際、強い口調で批判する事が多いように見受けられます。

 

ですが、会場側がノルマを声高に肯定する意見を見かけた事は、少なくとも私は一度もありません。

 

何故か。

このブログでも何度も書いているように、何がどう転んでも、音楽業界はアーティストが主役だからです。

 

それでもノルマを取らなければならない理由や事情が店舗に(よっては)ある為、このノルマ制度が今でも一部の店舗では存在し続けています。

 

今回は、平行線ではあるこの議論を一度整理する意味で、その仕組みや良い面、悪い面などをまとめていきたいと思います。

 

 

ノルマ制度とは?

対象となるアーティスト

まず前提として、このノルマ制度は一般的に極めて小規模なライブハウスでのみ存在していると言えます。

 

従って、多くのみなさんが日常的に聴いているアーティストにこのノルマ制度が該当する事はありません。

言うまでもなく、ライブ演奏を行う際には、出演料として報酬を受け取ってそれを収入としています。

 

このノルマ制度の対象となってくるのは、いわゆる駆け出しのアーティストや集客の見込みの少ないアーティストに当てはまります。 

 

ノルマ制度の構造

まずノルマの意味を見てみます。

個人や団体に対して国家や組織が強制的に割り当てた労働の目標量であり、多くの場合は労働の成果のみならず時間的な制限も付加される。

引用:Wikipediaより

これに当てはめて考えると、ライブハウスで言われるノルマとは、”ライブ演奏という稼働により求められる集客の目標”であると言えます。

 

つまり、ライブハウスという会場を使用してライブ演奏を行うのであれば、その利用料金に値する集客(チケット売上)はアーティスト側で確保してください。というライブハウスからバンドへのお願いです。

(”アーティスト”より、”バンド”の方がこの話の場合しっくりくるので以降バンドと書いていきます。)

 

もちろん、このノルマとして出された集客に届かない場合、バンドは届かなかった分の売上ロスを会場に支払うことになります。

 

ノルマの種類

このノルマ制度、何か一律のルール付けがあって全国のライブハウスで統一されているようなものではありません。

慣習のようなものなので、それぞれのライブハウスでその内容は違いますが、一般的にノルマとして代表的なものは以下の3つかと思います。

  1. イベント出演料
  2. チケット販売ノルマ
  3. チャージバック

1.は、ライブハウスが主催するイベントに出演する為にバンド側が支払うエントリー料のような形です。

 

2.は、一番ノルマとしてイメージされるものに近いと思いますが、例えば「10枚チケットを売ってください。」のように、指定された枚数(人数)をバンド側で呼び込むものです。当然、届かなければその分はバンドが会場に支払う事になります。

 

3.は、集客数に応じて、パーセントでその負担や報酬を変えていくものです。例えば「1〜10人気の集客ならチケット売上の○%分をバンドにお戻しします。11人以上なら○%お戻しします。」のような形を取ります。

 

ライブハウスがノルマを取る理由

固定費のリスク回避

”一般的に小規模のライブハウスにのみ存在する”と書きましたが、まずその理由を説明します。

 

ライブ会場で行われる公演には大きく2種類あります。

  • 会場主催イベント
  • ホール(会場)レンタル

です。

 

後者の場合は、ライブハウスが提示している会場の使用料を、主催者に事前に支払ってもらう合意のもと丸ごと1日を貸し出しするので、動員数を問わず会場には望んだ収益が入ります。この場合はノルマは関係がありません。

 

前者の場合、会場側が複数のバンドに出演オファーを出したり、出演バンドの募集をかけてイベントを作ります。この際にノルマを課せられるケースが発生します。

 

レンタルをするにしても会場主催をするにしても、ライブハウスは家賃や光熱費、人件費など固定費を支払う為に、1日あたりの必要な売上を算出してその売上を確保する必要があります。

 

この売上確保の為、バンドにノルマを課す事で、万が一お客さんが見込みより少ない場合のリスクを回避しています。

 

このノルマ制度により、かつては、”潰れないビジネス”としてライブハウス事業は頻繁に語られていました。

 

ノルマ制度を必要としない店舗とは?

そもそも、私の知る限り、東京に関してはこのノルマ制度を行なっている店舗は現在ではそう多くは聞きません。

 

ライブハウスのスタッフの友人・知人は数十人いますが、ノルマを今でも取っている店舗は1つもありません。

 

もちろんこれは私の周りにはそういった会場が無いというだけなので、例えば学生や社会人の趣味のバンドをターゲットにした会場では今でも残ってはいると推察できます。

 

はっきりとしたデータや数字は把握できておりませんが、全国的に見てもノルマ制度は減少傾向にはあると思われます。

  

おそらく大半のライブハウスには、

「ノルマは極力取りたくない。」

という気持ちがあるはずです。

 

ですので、ノルマを今でも取っている会場に知り合いはいませんが、そのために皆かなりの努力をしてノルマ制度を排除しているはずです。

 

先に、”慣習”と書きましたが、それが示す通り、ノルマ制度は前時代型の古いモデルだと思っています。

 

イカ天などの90年代のバンドブームなどで、多くのバンドが生まれたり、ライブハウス発信でブレイクする事例が多く見られた時代ならではの、ライブハウス上位/貸し手有利のパワーバランスがあったから無理なく成立していた仕組みだと考えています。

 

ですが、現在はかつてほどバンドマンは多く存在しませんし、小規模ライブハウスは飽和状態の傾向にあります。

加えて、ライブハウスに足を運ぶお客さんの数もかつてほど多くはありません。

言い換えれば、小規模ライブハウスはかなり厳しい競争状態に入っています。

 

そんな中でもホールレンタルの需要が高い会場は、レンタル料金で売上が計算できる為、ノルマに頼らずとも運営が可能です。

 

キャパシティの多いホールなどの大きな会場は、その数が足りていない事が音楽業界内では問題にもなっていますが、小規模なライブハウスは飽和状態にある為、レンタル需要に対して供給過多にあります。

 

おのずとホールレンタルで売上が立てられない会場は、会場主催イベントを組む事になります。

ですが、ホールレンタルに相当する売上を会場主催イベントで立てることは容易ではありません。

そうなると必然的に、ノルマ制度に頼らざるを得なくなってしまう会場はどうしても出てしまうのかもしれません。

 

ノルマが批判される理由と、双方の言い分

「ライブハウスの売上を、バンドが保証させられているのはおかしい。」

ノルマ制度批判としては、これに尽きると思います。

 

対して、ライブハウス側の言い分としては、

「会場の機材やPA・照明スタッフなどを使っているので、最低限の売上保証は必要。」

といった物になるかと思います。

 

加えて、第3者的なお客さんの意見としては、バンド側を支持する声が多いように感じています。
お客さんはライブハウスに行くのが目的ではなく、好きなバンドのライブを観に行っているのですから、当然そうなります。

 

私自身、ライブハウスのブッキングスタッフを数店舗で行ったり、逆に出演者や主催者としてライブハウスに出入りしたりと両方の立場を見ているつもりですが、どちらの言い分もとても理解できますし、どちらも正しいとも思います。

 

だからこそ、冒頭に書いた”究極のポジショントーク合戦” なので、折り合いをつけるのは困難だと感じています。

 

議論がかみ合っている事をあまり見た事が無いというのも、感情的になって自分の目線からの意見のみをぶつけている印象が強い為です。

 

そもそもどちらも正しいとすれば、正論のぶつけ合いなので、努めて双方が落とし所を目指さない限り、折り合いはつかないでしょう。

 

アーティストにとってノルマが役立つケースも?

バンド目線からすると、マイナスしかないように見えるノルマ制度ですが、個人的には1点、良い面があると思っています。

 

仮に、全てのライブハウスからノルマが無くなったと仮定します。 

 

そこに、新しいバンドが結成されて「ライブをしたい。」と考えたとします。

 

バンドがライブをしたい場合、選択肢は先にも挙げた、”会場をレンタルをする”か”イベントに出してもらう”かの二択になります。

 

会場をレンタルする場合、少なくとも数万円という決して少なくはない金額のレンタル料金がかかります。

これが問題なく払える経済力があれば、それで良いでしょう。

 

そうではない場合、イベントに出してもらう方法を選ぶことになります。

ですが、結成してライブを1度もしていないバンドが「出してください。」と言っても、ライブを観たこともなく、お客さんが来るのかも分からないバンドを出演させれるでしょうか?

 

デモ音源などの楽曲を用意できればそれを聴いてもらって判断してもらえるでしょう。
気に入ってもらえれば出演させてもらえるかもしれません。

 

ですが、そうなると、未熟であったり、理解しにくい斬新すぎるバンドはずっと出れないのではないかとも思ってしまいます。

 

幾らかのノルマを請け負うことで、誰でも出演機会を確保できるということは、ある側面ではステージに立つハードルを下げているとも考えられます。

 

平行線の2つの主張と想い

芸術家(アーティスト)目線とビジネス目線 

ライブハウスには固定費があり、その営業は商売として行われている。

このことは、ノルマ制度の存在理由として正当性はあるように思えます。

それを理解していたとしても、ノルマに難色を示すのは何故でしょうか?

 

”ミュージシャンは芸術家である”

という事が理由にあると思います。

 

「我々は良い音楽を演奏するのが仕事なので、集客は誘った側が行ってください。」

という主張です。

 

これも納得いく主張だと思います。

 

これこそがまさに究極のポジショントークで、どちらも正しいだけに交わることのない平行線のように感じてしまいます。

 

ライブハウスとしては、

「とはいえ、会場の設備を使うのでちょっとは集客する努力はしてくださいよ。」

という気持ちが出るのは仕方ないでしょうし、バンドとしては、

「いや、いいライブはしたんで集客はバンドには関係ないでしょう。」

と言いたくもなってしまいます。

 

折り合いをつける為には?

そもそも言い争う事ではない?

何度も書いた通り、それぞれが正論のため、折り合いをつけるのは困難だとは思います。

 

ですが、なんの主観も排除して俯瞰で見ると、シンプルな1つの思いもあります。

バンド側は、

「ノルマを出されて不満がある場合は、断れば良い。」

ですし、ライブハウス側は、

「ノルマを提示して断られたら、そのバンドはもう誘わなければ良い。」

という事です。

 

おそらく、音楽になんの興味もない他業種の人に意見を求めたら、この意見が多いのではないかとも思います。

 

そうすれば別に言い争うような事でも無いと思ってしまうのです。

 

「ノルマを提示される事自体がイライラする。」

と言われてしまえばそこはどうしようもないですが、、、。

 

実際、私もバンドのスタッフなどをしていると、明らかにそのバンドを知りもせずにコピペでバラまいているような文面でノルマの書かれたオファーメールが来ていることも多々ありました。

 

そういった場合、即答でお断りの返信をするか無視をしてそれで終わりです。

特にそれでそのお誘いを批判しようとも思いませんし、単純に”条件が合わなかった”だけだと思います。

出演はしたいけれどノルマという条件に難色があれば、”条件交渉を行えば良い”とも言えます。

 

ライブハウスには固定費があり、商売として営業をしているので、ノルマという制度そのものが絶対的に悪だとは個人的には考えていません。

ですが、極力ノルマを取りたく無いという理想があるのであれば、取らない努力はすべきだと思っています。

 

反面、バンド側は出演にあたり、会場のスタッフや機材を使用したり、その場所で物販販売を行ったりもしています。

その上で、来場者0名でノルマも払いたく無いとなってしまうと、他の業種に当てはめると好条件過ぎるかもしれないとは感じます。

 

私個人としては、使った人員や機材費に相当する程度の集客はバンド側で行う方がスマートではないかという気持ちはありますが、”ノルマ”という形式が脅迫的ではあるとも思うので、”集客の努力要請”程度が適当のようには思っています。

 

ライブハウス店舗数の淘汰

折り合いがつくというより、”ノルマを取る必要がない状況”という意味合いになりますが、もう一つあります。

 

東京の事しか詳しく把握していない為、東京限定の話になりますが、現在東京には小規模ライブハウスが非常に多く存在しています。

 

多過ぎるため、集客力のあるバンドはある種の奪い合いになっていますし、似たような内容のイベントも乱立しています。

当然、来場者も分散する為、一つ一つのイベント動員数は分散しています。

 

ですが、人口には限りはありますし、お客さんやバンドの数が急増することはないでしょう。

となると、バランスが適正化するには、会場の数が減る他にないのかもしれません。

 

もちろん、ライブハウスが減って欲しい訳ではありません。

あくまでもノルマ制度が完全に無くなることを実現するとしたら?という視点で言えばというお話となります。

 

まとめ 

ノルマ云々のいう話自体、音楽ビジネス全体で言えば、非常にミクロな話ではあります。

 

ただ、そのミクロなライブハウスという場を経て、ビッグアーティストがたくさん生まれています。

ビッグアーティストでなかろうとも、規模を問わず素晴らしい音楽を求めて来場するお客さんも存在しています。

 

ライブハウスにはそんなプライドや理想があるお店がほとんどだと思いますし、だからこそ、ノルマを取りたいと思って取っているお店などほとんど存在はしないはずです。

 

ドリンクやフードの売上を伸ばして、バンド側の負担を少しでも減らそうと努力しているお店もたくさん知っています。

 

アーティストも、動員や知名度の大小とは別に、素晴らしい音楽を作っているバンドがライブハウスには日々出演しています。

 

それだけに、このノルマの議論でバンドやお客さんがライブハウスを非難しているのを見ると非常に悲しい気持ちになりますし、「そんな事に時間を使って欲しくないな。」とも思ってしまいます。

 

必要な人はノルマを活用して、不要な人は無視をして、音楽活動に専念するのが一番じゃないかなという事で。

本当にノルマが誰からも必要なければ、誰も使わなくなって勝手に無くなるでしょうしね。

 

ちなみに私自身で言えば、これまで何百回とイベントをしていますが、数年前に1度だけノルマを取ったことがあります。

すでに全出演者がFIXした後に「どうしても出して欲しい。」という強いお願いをされた際、他バンドや会場に納得してもらう為のものでしたが、それでもやはり気持ちの良いものではありませんでした。

 

それでは◎ 


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