兼ねてからしばしば見受けるロックファンにおける古参と新参のいざこざ。
「若いファンは分かっちゃいない。」
とか、
「そのバンドのルーツはこのバンドだからそれを聴いてからにしろ。」
等々。
ピュアな若いファンに対して往年のファンがマウンティングする構図が主なようにお見受けしております。
やっているアーティストやその関係者からすれば、聴いて応援してくれていればそれだけで嬉しいでしょうし、仮にこういったいざこざでファンが離脱したり、ファンになる障害になってしまうのであれば迷惑な話のようにも思えます。
私の場合は1994年あたりから積極的に国内外(海外のウエイト高め)のロック系アーティストを聴き始めているので、古参という事になるでしょう。
なので、とはいえ古参が何か言いたくなる気持ちも良く分かります。
昨日行われていたRISING SUN ROCK FESTIVAL(ライジングサン ロックフェスティバル)がYouTube上で過去のアーカイブを中心にオンライン開催を行なっていました。
その配信のチャット上でもこの新参古参が同居する事による"荒れ"が見受けられ、ちょっと気になってしまったので、何故いつまでもそのような事が繰り返されるのかを論理的に説明付けていけたらと思います。
そうすれば多少なり、この不毛ないざこざ解消のきっかけくらいにはなるかもしれないですので。。。
古参の主張はどこにあるのか?
最初に書いた通り、新参への否定的な発言は「分かっちゃいない。」という理解に対しての気持ちからくるところが大きいと思われます。
このようにかいつまんで「分かっちゃいない。」とだけ言われてしまえば、言われた方は全く気分の良いものではありません。
この「分かっちゃいない。」には付随する意味が隠れているはずなので、もう少し言葉を付け加える必要があります。
これを、
「ロックや音楽を新参や若い人は分かっていない。」
とだけ発信したり受け取ってしまうと、最も不毛なファンの離脱や新規ファンへの障害にしかならないと思います。
ただ、古参の言うその言葉は多くの場合はそうではなく、
「視野を広げていったらもっと音楽を楽しめるよ。」
みたいな老婆心が、多分に含まれているはずです。
この気持ちは私自身もよく分かる所があるので、おそらくそうであろうという見立てになるのですが、過去に何度かこの老婆心が発動しそうになったエピソードがあります。
「このバンドが世界で一番新しくてカッコイイ!!」
と若い子に熱弁された際に、明らかにルーツになるバンドが見えたので、
「ああ、あのバンドに影響されて始めたバンドなのかなぁ。」
と思い、
「だったら、このバンドも聴いてみたら?」
と伝えました。
言われた方からすれば、これが全く必要のないレコメンドで、そのバンドに既に心酔しきっているので、不快そうなリアクションをされました。
「分かってないなぁ。」
というよりも、
「分かった方がもっと楽しいのになぁ。」
とその時私は思いました。
なのでおそらく、古参の言う「分かっちゃいない。」はこの時の私の気持ちと似たものなのであろうと考えています。
そしてそれは、言われた方からすれば真意はどうあれ全く求めていない助言であって、欲しい意見があるとすれば同意なのだろうと推察されます。
ライブ配信でリアルタイムで流れて消えていくチャットの場合となれば、ネガティブと分かっていても書き込みもしやすくなり、昨日のライジングのチャットでは顕在化が際立ったように思います。
情報の価値の変容
知識の価値の暴落
インターネットが普及する以前であれば、ライブ会場やクラブイベント、レコード店や音楽雑誌くらいでしか情報を得る事ができませんでした。
その為、多くのアーティストの情報や新しい情報を持っている人やメディアには強い価値がありました。
私もその時代の恩恵をギリギリ少し受けた世代になるのですが、10代から20代前半にかけて、べらぼうな枚数のレコードや音楽書籍を買っていたので、DJを始めても”知識量”が強い武器になっていましたし、中古レコード価格相場を知っている事で思いつきですぐにオンラインレコード店を開業したりもできました。
インターネット上から情報をいくらでも取る事ができる現在においては、この情報力や知識量で差別化を図ることは多くの場合できなくなりました。
極端な話、今日DJを始めようと思えば音源の配信プラットフォームさえあれば事足りますし、検索をすればそれらしい曲はすぐに見つける事ができます。
レコード店についても同様で、相場は検索すればすぐに出てくるのでネット環境さえあれば開業可能です。
そんな時代の中で、わざわざ古参から「これを聴いた方が良い」などと指摘を受けても鬱陶しいだけでしょう。
「興味があればネットで自分でその情報取りにいくので結構です。」
といった所かもしれません。
洗礼によるコアファンの形成
知識量が物を言う時代だったかつては、皆一様にして興味を持った対象についての知識の獲得に貪欲だったように思います。
それぞれのコミュニティ内のヒエラルキー上位者にも、人を引き寄せるためには知識量が求められていたようにも思います。
「知らないと恥ずかしい。」
のようなマインドも確かに存在していましたし、ロックにおいては数多くの雑誌が発刊されその需要を満たしていました。
その多くは単に商品紹介(リリース作品紹介)ではなく、考察や「ロックとは!?」のようないわばお勉強的なニュアンスを持っていました。
この側面は「もっと知りたい。」という欲求を掻き立てましたし、この当時の音楽の発展にも大きく寄与していたと思います。
ただ、同時に「詳しくないと入りづらい。」という弊害も感じていました。
これはファッションにも似たところがあると思っているのですが、ファッションに興味を持ち始めたばかりの人の話を聞くと、
「あのお店怖くて入りにくい。」とか「馬鹿にされているような気がする。」といった意見を度々耳にします。
これは本当に怖いお店な訳でも馬鹿にしている訳でもないのに、”オシャレじゃない”という後ろめたさに起因する感情だと思っています。
同じように、”詳しくない”という後ろめたさを与えてしまうムードをロックファンは持っていたと感じています。
ちょっと余談になりますが、EDMが海外では巨大な市場になった事に対し、日本ではいわゆるパリピと呼ばれるような人種がメイン顧客になり、コアな音楽ファンにあまり支持されずマーケットを広げられなかったのは、”詳しくなくても大歓迎”なカルチャー過ぎた所(まだ受け入れるには早かった)もあるようにも考えています。(ちなみに私は大のEDM好きですが)
かつてのロック村に存在した新規参加時の「ちゃんと理解しているのかい?」的な洗礼は、一長一短ではありますがしっかりと機能していました。
しかし現在は知識量マウンティングは無価値になりましたし、新参ファンの反発にしかならず、この移り変わりに無自覚な発言をしてしまうといざこざを生むだけです。
かつてはその洗礼的手法の代表的なメディア(雑誌)であったロッキングオンが、知識ハードルをひたすらに下げた若年層向けの邦楽ロックフェスを主要事業にしているのは見事ですし、分かりやすい変容例だとも思っています。
最後に
個人的には音楽業界やロックが盛り上がればそれだけ嬉しいので、知識量という特権や壁が崩れ、敷居も無く誰でも入りやすいカルチャーになってくれるのは大歓迎です。(好みだけで言えば、音楽をたくさん聴いているアーティストに好感を持ちがちですが)
しかしながら、
「せっかく興味を持ったならコレも聴いてみてよ。」
といった気持ちは古参はどうしても思ってしまいますし、拒絶はせずに一応耳を傾けてくれたらもそっと平和になると思います。
古参は古参で、
「若い奴はロックを分かってねぇな。」
と言うのではなく、
「○○良いよねー。ボーカルの人、○○ってバンドに影響受けたって言っててそれも凄い良かったよ。」
くらいなマイルドな言い回しにするともしかしたら聴いてもらえるかもしれません。
ことロックって代弁者的なところがあるので、どうしても同世代のバンドが響きやすくなっちゃうんで難しい話だとは思いますけども。
なので難しい場合はグッと我慢して黙りましょう。苦笑
タイニーレコーズ八木橋でした。
ではまた◎
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