SNSや音楽配信サブスクリプションの台頭により、「誰もが発信者になれる」と言われ始めてから随分年月も経ちました。
その事を音楽アーティストの目線で考えると、非常に大きく多くのチャンスが与えられる環境だと言えます。
但し1点、懸念に近いひとつの可能性も感じています。
それが、アーティストの人気が可視化・数値化される事で生じるアーティストの格差や二極化です。
今回はその懸念の理由や可能性について言及していきます。
【目次】
人気の可視化・数値化とは?
フォロワー数、再生数の表示
これまで、アーティストの人気が数値として我々リスナーに見える機会は、オリコンに代表されるCDセールス数や、ライブ動員数くらいのものでした。
しかし、SNSの台頭以来、そのアカウントを見ればフォロワー数という形で数字が表示されます。
また、現在では多くの人がアーティストのMV(ミュージック・ビデオ)をYouTube上で観ています。
そこには再生数が表示されています。(チャンネル登録者数は非表示にはできますが。)
Spotifyなどの音源の配信サブスクリプションでも、その再生数は一目瞭然です。
数字との接触機会の増加
このように数字が可視化される事に加え、まだ違いがあります。
CDセールス数やライブ動員数は、好んでそれを調べない限りは基本的に目にする事はありません。
それに対し、再生数などは利用する際に自然に目に入ります。
ある種、望まない人にまで、”どのくらい再生されているのか。”という事を伝わるように設計されています。
この事はもちろん、プラットフォーム側が意図して設計しているはずです。
意図しているとすれば、当然そこにはそうしたほうが都合が良いという理由があります。
続いて、その理由について考えていきます。
人の集まるところに人は集まる
その一例
これは悪い事でも皮肉でもなく、人というものは人の集まるところへ集まります。
そういった話は多くの人が聞いた事もあるでしょうし、実感もしているかとも思います。
例えば、高校生の頃にコンビニでアルバイトをしていた頃の話です。
田舎のコンビニだったので、駐車場も数台分敷地内にあるような店で、そういつも混雑はしていませんでした。
お客さんが店内に一人もいない時間帯も多くあります。
ですが、1台駐車場に車が止まると、面白いくらいにその後次々にお客さんが来店するのです。
この事に気がついて以来、気にしていつも見ていましたが、必ずといって良いくらいにその通りになっていました。
もう一つ例え話をすると、定食屋やラーメン屋などの飲食店で食べていると、自分が入店した時は空いていたのに、食べ終わる頃には満席になっていたりする事って多々あると思います。
これも気のせいではなく、「お客さんが店内にいる」という状況を見たお客さんが来店しています。
お店側もそのことは知っているので、空いている時間帯などは、窓側の席に案内をするようにしている店舗も多いでしょう。
いわゆる深層心理のような話なので専門的な事は別の書籍などを参照頂きたいですが、良く語られる事でもあるので、私が例に挙げずともご存知の方がほとんどかと思います。
再生数、フォロワー・登録者数を表示する理由
音楽アーティストに話を戻します。
SNSのフォロワー数や、サブスクでの再生数というのは、その人の集まりを数値化したものと言えます。
「再生数多いから聴いてみよう!」
と考える人はいないでしょうけれど、深層心理下ではその数字は認識されるでしょう。
SNSやサブスクでは、タイムラインやオススメ表示などにより、偶発的にアーティスト名や楽曲を目にする機会が多いです。
そんな中で、たまたま知って聴いてみようと思った時、再生数が10回の曲と10万回の曲、どちらを聴いてみたいと思うでしょうか?
よほどのディガーでない限り、前者の人は少ないはずです。
この理屈が積み重なり数字が推移していくと、再生数を多く獲得した楽曲は更に再生数を伸ばしていきます。
プラットフォーム側としても、自社プラットフォーム発信でヒット曲や人気アーティストが生まれる事は、ブランディングやマーケティング上、都合が良いです。
再生数を表示する事により、その数字がある種の”安心感”を生み、視聴も促されていきます。
また、再生数や登録者を可視化する事で、アーティストもその数を増やす努力を行い、プラットフォームへの誘導を積極的に行います。
この点も数字を可視化させるメリットと言えるでしょう。
競争を意図的に作り出しているとも言えます。
人気のバロメーター代わりに
企業案件におけるフォロワー数・再生数
更に、数値化する事でシンプルに浮かび上がる事があります。
フォロワー数や再生数が、人気度合い表すバロメーター代わりになる事です。
これは、リスナー目線よりも、裏側に顕著な影響があります。
特に顕著なのは、企業案件です。
音楽アーティストは受け取るギャランティ(金銭)の対価として、その人気を活かして企業PRに貢献する必要があります。
「本当に素晴らしいアーティストだと感じたので。」
という心意気だけでのオファーも勿論ゼロではありません。
しかし、企業案件というだけに、当然ボランティアではありません。
非常にお金や数字にはシビアです。
近年の企業案件に非常に多い条件のひとつに、SNSのフォロワー数を問われるという事があります。
「○○人以上のフォロワー数のアーティストをアサインして欲しい。」
といったものです。
音楽のような芸術の良し悪しは、受け手により様々に感じます。
但し企業案件は、より多くの人にリーチすることを望みます。
そして、そのプロモーションのウエイトは年々SNSなどオンライン上での施策に傾いています。
もちろん、その案件に合わせたジャンルやカラーの指定はありますが、良し悪しの統一した判断ができないだけに、フォロワー数のような数字に頼らざるを得ないのです。
ライブ・オファーにおけるフォロワー数・再生数
企業案件に限らず、フォロワー数や再生数がバロメーター代わりになる機会はまだまだあります。
小規模なライブハウスでは、ライブをやるのが数回目のアーティストや、逆に何年もアンダーグラウンドなスタンスで活動しているアーティストも多数います。
何度かその会場への出演歴があれば、おおよその動員見込みはつきますが、初めての出演となると、予想がつきません。
そういった場合に、会場側がフォロワー数や再生数を参考にするケースは少なくはありません。
会場でもイベンターでも、ライブをオファーする側がライブイベントを組む際、最も共通して意識しているのは動員(来場者)数です。
勿論、主催側で最大限のプロモーションは行うでしょうし、動員数の大小はアーティストに完全に依存してはいません。
ですが、そもそも全く知られていないアーティストの場合、いくらプロモーションをしてもそう簡単には来場者数に結びつきません。
イベントの規模により、”認知度の最低限のライン”がどうしてもあるのです。
そのラインの確認に、フォロワー数や再生数が参考材料となる事は、少なくはないでしょう。
二極化までのシナリオ
収益の格差
ここまで書いてきたように、 数字を多く獲得したアーティストに更に数字が集まり、案件をオファーする側もその数字を頼りにする。という状況が進行した状況を想像していきます。
企業案件は勿論、アーティストへの様々なオファーというのは、金銭的な報酬がアーティストにはあります。
その報酬により、アーティスト活動だけで生計を立てる事も可能ですし、より良い作品を作るための予算にもできますし、プロモーション費用としても充てる事もできます。
確かに、SNSの発達で認知されるチャンスが格段に増えた事により、アーティスト側としては小額の収益は出しやすくはなったと思います。
ですが、やはり”ギャランティ仕事”を継続的に受ける事ができないと、大きな収益を上げる事は難しいと思います。
このギャランティ仕事のオファー基準にフォロワー数や再生数が加味されるとすれば、その数字の大きいアーティストに話が集中していく事が、可能性としては考えられます。
人気・認知度の格差
インターネットの普及以降、CDなど音源セールスに陰りが見え出してからは、いわゆるメジャーとインディーの垣根は無くなっている傾向があります。
これはむしろ二極化とは真逆の流れになります。
ですが、よくよく見てみると、確かに垣根は無くなってはいると感じますが、ヒットアーティストとそうでないアーティストの壁は変わらず存在しています。
”バズ”という表現がされますが、認知度を上げる手段としては近年特に重要視されているワードです。
なんの後ろ盾も資金もなくてもこのバズを起こす事は勿論不可能ではありません。意図せず起こるケースもあるでしょう。
ですが、多くのバズという状況は、狙って生まれています。
その為には、統計や資金、コネクション、多くの人間のアイデアなど、インディペンデントでは持ちにくい要素が多く含まれていると思います。
そもそものフォロワー数も、多い方がバズは引き起こしやすいでしょう。
テレビや新聞、雑誌といった従来メディアの重要度が減退傾向な現在、”お茶の間レベルでみんなが認知する状況”は、今後更に生み出しにくくなっていく可能性が高いです。
それに近い状況を作り出せる可能性を最も感じるのが、SNSなどオンライン上でのバズのようにも思えます。
となった場合、フォロワー数の多いアーティストだけがバズを生み続け更にフォロワーを増やし、そうではないアーティストとの認知度の差が広がったり埋まらない可能性も想像に難くないでしょう。
最後に
この数年、メジャーとインディーの垣根が無くなっている傾向を感じつつも、どこかまた別の垣根のような物もうっすらと感じていました。
フォロワー数や再生数の多いアーティストに人が集まるという原理は、”行列プロモーション”と同種の物だと思います。
様々なプロモーション手法はありますが、個人的にはこの行列プロモーションは最も強いと考えています。
街を歩いていて並んでいるお店は美味しいそうに見えますし、入手が困難なスニーカーには購入意欲がそそられます。
逆に、ガラガラのお店は入店を躊躇しますし、量販店でズラリと並んだいつでも買えるスニーカーには触手が伸びにくくもなります。
行列というのはプロモーションである前に、結果なのですから、その結果が良いものが更に人を呼び込むのは当然です。
もし、フォロワー数や再生数だけで”行列”を判断される流れが進んだ場合、それが新しい垣根としてなるのかもしれないという仮説のもとに、今回は書き綴っていきました。
音楽ファンにとっては、
「自分で好きなアーティストを選べるから数字でなんて選んでいない。」
「素晴らしい音楽ならそんな事は関係なく人気はきっと出る。」
と思う方も多いかもしれません。
ですが、世の中の多くの人は音楽ファンではなく、音楽に強い関心はありません。
強い関心がない人は、自分から積極的に選びません。
そして、その強い関心のない人を取り込めたアーティストがヒットアーティストだと私は考えています。
心情的には勿論、私も
「素晴らしいと自分が感じたアーティストが世に出て欲しい」
という想いでこの仕事を続けているので、その為にしっかりと”世に出るメカニズム”を理解したいという事で、あえて極論めいて今回のような考察記事を書いてみました。
ではまた◎